山元加津子さんのお話 (4)
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油ねんど事件
保育園や小学校の低学年のときによく使って遊んだ油ねんどを見ると、心がちょっぴりうずきます。油ねんどに特別な思い出があるのです。その思い出は、今となっては嫌なものではなくて、むしろ、心があたたかくなるような、そんな思い出なのです。
わたしは正式に教員として採用していただく前に、一年、講師として小学校や高校で勤務させていただいたことがあります。最初は一学年に三クラスも四クラスもあるようなマンモス校、そのあとは僻地校で (いただいたお給料の説明で「僻地手当てが含まれる」ということで僻地校なんだって思ったのです)、一、二学年の統合クラス、それから母校である高校へも行きました。
そのどこでも、たくさんの思い出があるのですが、油粘土事件は、最初のマンモス校でおきました。
このあいだまで大学生だったわたしは、すごくドキドキして教室に入っていったのですが、クラスには可愛い一年生がたくさんわたしを待っていてくれました。一年生になったばかりで担任の先生が病気で入院ということで、お家の方はどれほど心配に思っておられただろうと思うのですが、子供たちは不安そうなようすは少しも見せずに、すぐにわたしのまわりに集まってきてくれて、「先生、こわい人? たたく?」、「先生、何歳や?」、「先生、先生、わたしね、猫飼っとるんやよ」と仲良しになることができたのでした。
わたしは毎日、可愛くてそれから生き生きしてて、きらきらしてる一年生といて、すごく楽しかったけれど、でも新米教師のわたしには、「どうしたらいいんだろう」ということがしょっちゅう起きました。
(1) 忘れ物
ある日、朝、教室へ行くと、だあれもいないのです。たった一人だっていないのです。びっくりして学校中を探してもいないから、途方にくれて外へ飛び出したら、玄関の脇のところにみんな一固まりになってるのです。
輪の中をのぞきこんだらね、マユちゃんって女の子が泣いてるの。そばでケイコちゃんが、「マユちゃん、国語の本を忘れたから教室に入らないんだって」って。それから、「ぼくだって昨日も今日もずうっと持ってきてないからだいじょうぶだよ、って教えてあげてたんだよ」、「見せてあげる、って言ってたの」って、みんな口々にわたしに言いました。みんなが見つかってほっとして、それからクラス一人一人のことをみんながこんなに心配して今ここにいるんだっていうことがすごくうれしくて、じんわり涙がこみあげてきました。
「わたしも今日、筆箱忘れたんだよ。だから、前に座ってるお友だちに借りるんだ」って、わたしがマユちゃんにお話したら、マユちゃんはびっくりしたみたいにわたしを見て、「先生も忘れ物? ええっ、おんなじ!」ってうれしそうに顔をあげてにっこり笑いました。
その日、ヒデ君という男の子の日記に、「ぼくのせんせいは、わすれんぼで、なきむしです。でも、みんなは、おこりませんでした」って書いてありました。
(2) プリン
給食にね、プッチン・プリンが出たのです。ケンタ君が、「ぼく、プッチンってしよう!」って立ち上がって、コマーシャルみたいに、高いところからお皿めがけてプッチンってしたら、大成功で、お皿の上にプッチンときれいにのったのです。「着地成功!」ってケンタ君はすごくうれしそうでした。
わたしも思わず「すっごーい!」って拍手しちゃったからかもしれないのですけど、「ぼくもする!」って二番目に立ってプッチンしたイサム君がね、やっぱり立ち上がってお皿の上にプッチンってしたら――あーあ、床にプリンがくちゃくちゃになっちゃって落っこちてしまったのです。「うわあーん、ぼくのプリン!」って大きな声で泣きだしちゃったので、わたしがあんなに拍手したせいかなって思って、あわてて、「わたしのプリン食べてね」ってプリンあげたのです。
でも、「そしたら先生のプリン、なくなっちゃうじゃない」ってみんなが心配してくれたのです。「それでもいいのよ」って言ったら、「先生、プリン嫌いなの?」って、とても心配そうに聞いてくれました。「好きだけど、今日はいいんだ」って言ったらね、「がまんしてるんだ、先生かわいそうだよ。イサム君が失敗したから、イサム君ががまんした方がいい」と今度はほかの女の子が言いました。だけどイサム君は半べそで、「ぼく、プリン食べたいもん」って。
・・・そうだよね。
そしたら、さっきの女の子がね、「じゃあ、わたしの、一口、先生にあげるよ」って、わたしのお皿の上にプリンをスプーンで一匙すくってのせてくれました。そしたら、みんなやさしいよね、「わたしも!」、「ぼくも!」って、それからプリン落としたイサム君まで、「ぼくも!」って、プリンのせてくれて、わたしのお皿の上は、見た目はちょっと悪くてぐちゃぐちゃだけど、でも、やさしさがいっぱいつまったプリンの山ができたのでした。
ところがね、またマユちゃんが、「あーん」って泣いているのです。今度はどうしたんだろうって思ったら、「わたしも一口あげたかったのに、全部食べちゃったあ。あげられない」って。―― そんなやさしい子供たちのクラスでした。
(3) 油ねんど
その学校は、まだ新しくて、とてもきれいな学校でした。職員朝礼で教頭先生が、「きれいな学校ですねと、お客さんが誉めてくれました。このきれいさをずっと保つために、壁には決められたところ以外、押しピンは押さない、セロテープも貼らないということなどを守ってください」と、そんなお話をなさった、その日のことでした。
その日は、図工で油粘土遊びをしました。大きな恐竜や蛇をつくる男の子、こまかなぶどうやクッキーを楽しそうにつくる女の子、油粘土は乾いてひびが入るわけでもないし、とても使いやすくて、みんな大喜びでした。
わたしは、いつもはお昼休みもみんなと一緒に遊んでいるのに (子供たちとおんなじで、わたしも休み時間が大好きなのです)、その日に限って職員室に用事があってみんなと一緒にいられず、きょうは雨が降ってるから、みんなは教室か体育館で遊んでいるかなあ・・・って思っていたのです。
そしたら、いつも元気なケンタ君が、職員室へわたしを呼びにきてくれました。「今、すっごくおもしろいこと、みんなでやってるんだ! 先生もやろう! ぼくなんか、もう、10個も成功したんだよ。はやくはやく!」って、とってもうれしそうな顔でした。ちょうど仕事も一段落ついていたので、わたしもうれしくなって、「どこ?」ってケンタ君の後をついて行ったのです。
職員室は一階で、教室は二階にありました。そこには、わたしにとって、とてもショックなできごとが待っていたのです。
階段の途中の踊り場のところに、子供たちはいました。下には、たくさん油粘土の固まりがころがっています。ところどころ踏まれて、床にシミができていて、あらーって思ったけど、それから何気なく踊り場の高い天井を見て驚きました。そこにはもっとたくさんの粘土の玉が投げつけられて、天井にくっついたり、それが落ちて、油ジミになったりしていたのです。それは、目をおおいたくなるくらい汚い感じのよごれようでした。
「先生もやってごらん。粘土あげるから。力を入れて、えいって投げてごらん」
子供たちはおそらく、わたしが来たことでもっと活気づいて、わいわい粘土投げをしていたのだけど、わたしがもう、あの天井どうしたらいいんだろう・・・っていう困った顔で立っているのを見て、なんだか変だぞって思ったようでした。
「先生、どうしたの?」
そうきかれて、わたしはなんて答えたらよかったのでしょうか。
「あのね、学校の壁とか汚さないようにしましょうって、先生の朝のお集まりのときにお話があった」
やっとのことでそう言うと、子供たちはしーんと静まりかえってしまいました。
「ねえ、天井も汚しちゃいけないって言った? 天井は、廊下や教室じゃないから、いいよね?」ケイコちゃんが聞きました。
「言ってないけど、たぶんだめだと思う」
どうしようばかり思って、また少し泣きそうにため息をつくと、「すぐばれないように掃除をしよう」ってケンタ君がほうきを持ってきてくれたけど、踊り場の天井って、本当にすごく高いのです。とても届かなくて、机を運んで、椅子にのって、それから長いT字型のほうきをもってきて、やっとやっと届いたのです。
でもね、油粘土はなんとか下に落ちても、天井にはたくさんの丸い油ジミが、まるで全体の模様のように残ってしまいました。
「先生、叱られる?」
「大丈夫、みんなは叱られないと思うな。わたし、ちゃんとあやまってくるから心配しないでね」ってそう言ったわたしに、
「でも、先生は一回も投げてないよ。ぼくたち、いっぱい投げたけど」
「そうだよ。先生は悪くないよ。あやまらなくていいよ」
って、みんなはわたしの心配ばかりしてくれました。
わたしも子供たちをこれ以上つらい気持ちにさせたくないなって思ったので、「さ、お帰りの準備しててね。もう少しここ片付けて教室に行くね」
そして床を拭きながら、わたしは子供たちが大好きだし、子供たちと一緒にいたいけど、やっぱりわたしみたいなオッチョコチョイで泣き虫は、先生になんてなれないんじゃないかな…、今日みたいに子供たちに心配かけたり、悲しい気持ちにさせてしまうし、それに昨日だって…って、すごく落ち込みながらいろいろ考えました。
そうなのです。その前の日にも、たいへんなことがあったのです。
その日はアブラナの観察で、子供たちが初めてピンセットを使ったのです。ピンセットは先が尖ってるから、とても気を使います。「お約束よ。ピンセットの先をお友だちの方へ向けないでね。目にでも刺さると大変でしょう?」と、考えただけでも恐くなるような注意事項をして、それからアブラナの花びらを一枚ずつはずしていたのです。
そのとき、「ギャアー!」というすさまじい悲鳴がしました。いったい何事が起こったのだろうと、いそいで子供たちを見わたすと、頭を抱えるようにして座りこんでいる子がいます。ヒロちゃんです。そばに行って体を見るけれど、どこも血が出ているわけでもないし、でもヒロちゃんはワアワア泣いています。「どうしたの?」とたずねると、「ピンセットが…」って言うのです。ただ抱きしめて頭をなでて、落ち着くのを待って、もう一度たずねたら、ようやく返ってきた答えはなんと、「ピンセットの2つの先を、コンセントの穴に1つずつ突っ込んだら、ビリビリになった」でした。
なんてことでしょう。感電したのです。「どうしてそんなことしちゃったの?」というわたしの問いに、「だって、ちょうど2つ穴があいていたから」とヒロちゃんは答えました。きっとなんにも考えず、穴が2つあって、ピンセットの先っぽが2つあったから、なにげなく入れちゃったのですね。ヒロちゃんにたいしたことがなくてよかった。それで昨日、ヒロちゃんのおうちへ「本当にすみませんでした」って電話をしたところだったのです。
帰りの会のとき、ヨウジ君が、「先生、『コンセントに突っ込んだらいけません』っていうのも注意しとけばよかったね」って言ってたけど、本当だ、そこまで全然考えられなかったけど、考えられてお約束に入れられたら、ヒロちゃんもそんな失敗なかったのにね。
とにかくそういう事件が起きたところだったのです。わたしみたいな、大事なところがおろそかになってしまったり、なぜかいろんなことがしょっちゅう起きちゃう人は、教員にはなれないのかもしれない。教員というものは、ある意味で子供の命をあずかっているのだから…。
大きなため息を一つついて教室に入ると、子供たちはみんな待っていてくれて、「先生、元気出せぇ!」とか、「だいじょうぶ、だいじょうぶ、ぼくたちがついてるって」とか言ってくれました。
子供たちとさよならした後、重い足をひきずりながら、校長室へ行きました。こんな時どこへ行ったらいいのか、わたしにはわかっていませんでした。きっと校長先生のとこかな?って、そのときにわたしは思ったのです。
校長室の扉をノックして入って行ったら、校長先生は、「待っていたよ」っておっしゃいました。どうして「待っていたよ」なんておっしゃるのでしょう? もう天井のことが知れていたのでしょうか? それとも感電事件のことでしょうか? そうじゃなかったら、いつも散歩ばかし行ってるのが、散歩に行きすぎということで叱られちゃうのでしょうか? それじゃなかったら、教室がしじゅう元気がよすぎて、うるさすぎるのでしょうか?思い当ることは、たくさんありました。
校長先生は、いつもと少しも変わらない おだやかな声で、「まあ、かけなさい」とおっしゃいました。そしてね、「今日は 君のおかげで、すごくうれしい気持ちなんだよ」っておっしゃるのです。わたしは叱られることはいっぱいあっても、ほめられることなんて、ただの一つもないはずなのです。だからすごく不安でビクビクしていたのです。
校長先生は、愉快でたまらないというふうに話しだされました。
「さっき、君のクラスの生徒たち、一年生が、全員ここへ来たよ。いろいろ口々に言うんだ、『先生を叱らないでね』、『先生は一回もしてないんだよ』とかね。『だって、すっごくおもしろかったから』とか、何のことだか、さっぱりわからなかったんだ。
『最初きみたちは何をしたの?』、『先生はなんて言ったの?』という一問一答形式で、ようやくわかったんだ。みんなで粘土で天井をぐちゃぐちゃにしてしまったけれど、でも先生のせいじゃないし、ぼくたちがやったんだから、叱るならぼくたちを叱ってほしい ――どうやらそういうことらしい。
ケンタ君っているだろ。あの子がね、『校長先生が先生を叱ったら、ぼくらは校長先生のこと、ただじゃおかないぞ。一発おみまいしてやるから』って言うんだ。
それから、そうそうマユちゃんっていったかな、ひとり泣いてる子がいるから、どうしたって聞いたら、小さな声で、『先生は泣き虫だから、叱っちゃだめ。また泣いちゃうよ』って、これまた泣きながら言うんだ。
いいねえ、校長室にあんなに一度に子供たちが話に来たのは初めてだよ。うれしいよね。みんな本当に一所懸命でね。
ね、君、絶対にがんばって、本当の先生になりなさい。キャリアのある教師は、技術だっていろいろ持ってる。けれどね、若い先生の熱心な心や、子供が好きだという気持ちはね。それとは全然別のものなんだよ。わかるかい? 君は大丈夫だよ。君は子供たちにすばらしいプレゼントをもらったし、また、君も子供たちにすばらしいプレゼントをしたじゃないか」
わたしが掃除をしているあいだに、いつかマユちゃんを玄関にまで迎えに行って励ましていた時のように、子供たちはわたしのために、またみんなで校長室に、「叱らないで」と話しに行ってくれたんだ…、そして校長先生はそのことをこんなに喜んでくださってる…、わたしは泣き虫で、ダメ先生だけど、校長先生は、それでもだいじょうぶだよって言ってくださってるんだ…と、ただうれしくて、やっぱり泣いてしまったわたしでした。
「ところで、あの天井の汚れ具合はすごいね。子供たちが言ってるほどじゃないだろうと思ったんだけど…」と、それから校長先生はおっしゃいました。
校長先生は、「道端孫三ェ門」というりっぱな名前の先生でした。ずうっと後でわかったのですけど、その方は金沢の歴史や物語にくわしいことや、子供たちの教育に関しても、とてもすばらしい考えをお持ちで、本をいくつも出しておられる、金沢で有名な先生だったのです。
わたしは本はそれまで読んでいなかったけれど、校長先生があのときあんなふうに言ってくださったおかげで教員に絶対になりたいと思えたのかもしれないし、有名な方であろうとなかろうと、わたしにとって、なくてはならない方だったのだ…と今しみじみ思います。
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