山元加津子さんのお話 (3)
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ヤクザさん
わたし、ほんとにすぐ迷子になるので、あんまり一人で電車に乗るとかないんですけど、あるとき、東京の山の手線に一人で乗ったんです。電車が来て、ドアが開いたら、何か様子が変だったんですね。黒い洋服を着て、黒いシャツを着て、黒い靴をはいた、髪の短い男の人が、学生さんを殴っていたんです。
そのときちょうど、ミカちゃんという女の子といっしょにいたんです。ミカちゃんは、とってもつらいことがあると、ほんとに心がとてもとてもつらくてたまらなくなると、よその人の髪をギュウっと引っ張ってしまったり、殴ってしまったりしちゃうんです。ピアノなんかもドーンと倒してしまうのです。ほんとにすごく細い女の子なんだけど、そういうときはすごく怒っているから、すごい力が出ちゃうんです。自分の顔もバンバン殴って、顔を紫色にしちゃったりするんです。でも、ぎゅっと抱きしめて 「だいじょうぶだよ、怖くないよ」 って言うと、だんだん落ちついていく、そんなミカちゃんとちょうどいたんです。
そのミカちゃんと、黒い服を着た男の方が、ちょうどわたしの中でかぶさったのかなぁって、そのときはあんまりよくわからなかったけど、あとで思うんです。扉が開いたときに殴っていたので、その男の人をぎゅっと抱きしめて、「だいじょうぶ、怖くないよ。怖くないから、だいじょうぶです」 って言ったんです。
そしたらビックリしたことに、その黒い服の男の人の目から、涙がポロポロと流れたのです。その方はヤクザさんだったんですけど、つらいことがいっぱいあるんだろうと思ったんです。「どうしてそんなことをするの?」 とおっしゃったので、「とってもつらそうだったから」 って言ったら、またワーって泣かれたんです。
その方が「今からどこ行くの?」 とおっしゃったので、「講演会に行きます」 って言ったら、「誰の?」 って言われたので、「わたしの」 って言ったら、「おじさんに嘘をついてはダメだよ」 っておっしゃったんです。「嘘だろ」 って言うんです。たぶんこんなわたしなんかじゃ、わたしの話なんか聞いてくださる方は誰もいないだろうと思われても当然なんだけど、でも嘘ついてると思われるのも悲しいから、どうしたらいいかなぁと思って、ちょうどわたし、そのときに、『たんぽぽの中間たち』 という黄色い本を持っていて、それにわたしの顔が載ってたと思って、「これわたし、これわたし」 って言ったんです。そしたら、そのヤクザさんが 「ああ、ほんとだ!」 と思ってくださって、「僕も今から講演会について行ってお話を聞きたいけど、僕が行くと迷惑をかけるから行かないよ」 と言って、お友だちになって、それからずうっと文通してるんです。
その方と別れるときに、その方が、「僕は今、どうしてもあなたに言っておきたいことがある」 とおっしゃって、「何ですか?」 と言ったら、「またこんな場面になったときに、今日みたいなことをしちゃダメだよ」 って言って、「僕みたいに優しいヤクザばっかりとは限らないからね」 って、そう言われたんです。その方は、「僕は絶対に電車なんか乗らないんだ。でも、なぜかその日は乗った」 とおっしゃっていました。
それで、『たんぽぽの仲間たち』 の本をすごくいっぱい買ってくださったんです。その方は組の偉い人で、組長さんか何かで、朝の会で 『たんぽぽの仲間たち』 の本を使ってくださって、「毎日たんぽぽの話をしてるよ」 とおっしゃってくださったんです。
その方と文通しはじめた頃は平仮名が多いお手紙だったんですけど、ある日突然ワープロのお手紙を送られてきたら、急に漢字ばっかりになってて、すごくビックリしたんです。その方のお手紙を読みます。
前略、ごめんください。お元気でいらっしゃいますか?
かっこさんは、ビックリしてると思います。パソコンをあれからしばらくは箱のふたを開けたり閉めたりしていただけでしたが、いつまで経ってもこれでは拉致があかないと思い、奮起して、先ず文字を打つことからしています。これでも四苦八苦ですが、かっこさんのビックリした顔を頭で考えながら、手紙から始めています。いつになったらインターネットができるのかわかりません。(加津子注……わたしが 『たんぽぽの仲間たち』 というHPを持っているので、それを毎日のぞこうと思ってパソコンを買ったそうです。)若い者にもパソコンができる者がいるので、聞くことができれば良いのですが、僕はつまらない人間で、情けなくなるのですが、自分から「教えて欲しい」という言葉はなかなか使えません。かっこさんはどう思うか、でも他の人は極道がパソコンをするとは思わないと思うのですが、若い者の中には機械が好きな者もいます。だから「教えて欲しい」と頼めばどんなに喜んでくれるかわかっているのだが、自分はいつも 「人様には教えてもらうことばかりだ」 と若い者に言っていながら、けちな心や人に教えてもらうことが恥ずかしいという心が邪魔をして、それができないのです。偉そうにしながら、人間が小さいという証拠です。
人間が小さいと言えば、送らせていただいた人形は、恥ずかしながら僕が行って買ったものです。(加津子注……バレンタインデーにキティちゃんの大きな人形を送ってくださったんです。)僕は若い者に頼むこともできたのでしょうが、それも恥ずかしく、自分で行って、店の前で入ろうと思って止めて、入ろうと思ってまた止めて、それでも、かっこさんが喜ぶ顔が見たくて店に入ったのです。思えばキティちゃんが何かということすら知らなかった僕が、店でキティちゃんのものを買おうとしてるのだから、変わったものです。店の人も、僕が入って行ったものだからビックリしていたようでした。自分に合わないというか、かっこちゃんたちのような女性がたくさんいたので、それでもう出てしまいたかったです。「何でも良いから包んでくれないですか?」と店の者に言ったら、「たとえば、どんなものですか?」と言うので、「取りあえず、それを」と、人形を買いました。もっと違った物が良かったかな?
しかし僕は、前から思っていることがあります。(加津子注……ここから書いてくださっている文は、とってもわたしにとっては気恥ずかしいのですが、書いてあるので読みます。) かっこさんに会うと、誰でも会う前と変わってしまう。まだまだ若い者に習うということができないでいるが、そのことが恥ずかしいとは思わないでいたし、パソコンはやるし、おもちゃ屋は入るし、そんなことは今まで考えもしなかったし、誰が見ても信じられないことでしょう。しかし、まわりのみんなも「変わった変わった」と言います。『たんぽぽ』 を話してやると、若い者も変わって行きます。おそらくかっこさんは、今もまわりを変えているのでしょう。でもかっこさんは、「そんなことはないのだ」 といつも言いますね。
クリスマスには何も贈れなかったが、その人形で我慢してやってください。風邪をひかないでください。手紙というものは、自分で書いてもつらいが、パソコンで書いてもまだこんなに大変なものです。
すごく変わったなー、と自分で思うんです。最初はやっぱり、ヤクザさんて悪い人だと思ったり、怖い人ばっかりとか、人を殺しちゃうのかなーとか、そんなひどいことばっかり思っていました。でもその方は、とっても優しい方で、ボランティア活動にもみんなで出かけているんです。ゴミ拾いとかもしてるとおっしゃっていました。
それから、「かっこさんはどう思うか知らないけど、僕たちの世界には、他の世界で今ある社会で、たとえば生まれとか、国とか、育ちとか、いろんなことで分けられて、つらい思いして入って来ている若いやつがいっぱいいるんだよ。この世界では誰も平等で、誰も差別しないから、ここに帰って来るんだよ。そういう苦しい気持ちもわかってやって欲しい。人は、やくざを極道の者を責めるけど、そういうところに追い込んでいるのは、社会の人たちなんだよ」 って教えてくれました。
そんなことも、わたしは全然その方にお会いするまで気がつけなくって、その方とお会いして気がついたときに、ほんとに人間てすてきだなーってことも思ったんです。今日わたしは自分でも、自分が生まれたのはなぜだろうと考えたいなーと思うんだけど、そんな風に人と人が交わると、人って色々変わってくるし、気がつけるし、そんなことをやっぱし思うんです。小さい小さいことでも、そうじゃないかなーと気がついて行って、それが累積していくなーってことを思うんです。
文通してたんです。「かっこちゃんは、人を殴るのは嫌いか?」 ってヤクザさんがおっしゃったんです。わたしは「好きじゃない。やっぱりとっても怖いですから、人を殴るのは好きじゃない」 って、「言いたいことがあれば伝えればいい。でも殴るのは好きじゃない」 って言ったら、「だったら僕も、絶対に殴らないよ」 ってヤクザさんが約束してくれたんです。
でもある日、「僕はかっこちゃんとの約束を破ってしまったよ」 って葉書きをもらったんです。どういうことかというと、ちょっと細い道を大きな車で移動していたら、車椅子のおばあさんが、溝にはまっていたんです。車が通れなくなっていたので、若い人に、「あのおばあちゃんを助けてあげなさい」と言ったら、若い人が降りて行って、「そこをどけ」って言って、そのおばあちゃんを殴ってしまったんです。そのわたしのお友だちのヤクザさんが、その若い人に、「おまえのために毎日たんぽぽを読んでやってるんだ!」って言って、「助けてあげてお送りしなさい」って、そう僕は言いたかったけど、そのときに若い人を殴ってしまった、っておっしゃっていました。
「僕は虫にも気持ちがあることを知りました」って、その同じメールに書いてあったんです。今まで虫とかそういうものが、たとえば誰かを好きになったり、そんなことをするなんて思わなかった。それから気持ちがあるなんて思ったこともなかったのに、たとえばカエルがじーっと窓に止まって虫を食べようとして、そのチャンスをうかがっている。そういうものも、こう目に止めて、じっと見るようになったとか、そんなことも書いてくださいました。


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