山元加津子さんのお話 (2)
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ウンチ記念日
ユーちゃんとは三年間一緒にいることができました。そのころユーちゃんは、壁にウンチを塗ることや、髪の毛にウンチをつけるのが気にいっていたようでした。「ウンチは汚くて臭い」という思いからどうしても抜け出せずにいるわたしは、いったいどうしてユーちゃんがこんなことを好きなのかなあ…と不思議でした。だからユーちゃんの気持ちがどうしてもわかりたかったです。
ユーちゃんが好きなのは、ウンチをつかんだ感じなのかしら、それともウンチのにおいなのかしら? もし感じなら、粘土で代わりができないのかしら? ユーちゃんはマジックも好きで、いつも匂いをかいで鼻の頭にマジックをつけてしまうくらいだから、ウンチと違うにおいで代わりにはならないのかしら?
わたしはきっと、ユーちゃんの気持ちを少しも考えていずに、ただ「ウンチは汚くて臭いもの」という自分の気持ちだけをそのときに押しつけていたのだと思います。
でも、一緒にいて、ウンチのことやおしっこのことを感じられるのはうれしいことですよね。あ、このごろウンチ出ていないけど、どうしたのかなあ…とか、おしっこの匂いがちがうみたいだけど、体調が悪いのかなあ…とか、ユーちゃんのことがもっと気になって、お尻をのぞいてしまうなんて失礼かもしれないのだけど、のぞいて、「あ、もうウンチそこまで来てる」って、ウサギのウンチみたいな ころころウンチをそっと手でマッサージしてほじくってみたり、すごく大きなウンチが出てきたら、なんて大きくてりっぱなんだろう!って、自分一人で見てるのはもったいなくなって、同僚を大声で呼んで、「ねえ、すごくりっぱなウンチが出たのよ。すごいでしょう!」 なんて誇らしげに言ったりして、気がついたらユーちゃんのことが好きで好きでいられなくなっている自分に気がつくことができるのは、ウンチやおしっこのおかげだったのかもしれません。
あるとき、ユーちゃんがウンチを出せない日が続きました。ウンチがおなかにたまって、どんどんおなかがふくれていきました。ユーちゃんは、ウンチをしたくてたまらないみたいなのです。でも、一度ウンチをしたときにお尻が痛くなって、それがユーちゃんの心の中に、とても怖いものとして残ってしまったのだと思うのです。それでユーちゃんは、ウンチができなくなってしまったみたいでした。
朝、施設で下剤の処置をしていただいていても、ユーちゃんはウンチをすることができませんでした。したくなっているのを、怖いという気持ちが無理に押さえてるのです。ずっと声をあげて、哀しそうに泣いていました。もう叫び声に近いような声で泣いていました。すわっていることもできずに、ごろごろ床の上で動いて、なんとかウンチをせずにいようとしているようでした。「大丈夫よ、怖くないのよ」とそばにいて、おなかをさすったり、頭をなでたりしても、ユーちゃんは苦しむばかりでした。もう、体をさわられることすら痛みにつながるようなのでした。
わたしはユーちゃんの苦しむ姿を見ていて、ユーちゃんがウンチを今しないでいる理由が、ウンチをしたときの痛みだけではない気がしていました。いつもそばにいるわたしの「ウンチは汚くて臭いもの」だという思いがユーちゃんに知らず知らずに伝わってしまって、ユーちゃんがウンチをするとわたしが悲しむんじゃないかと思ったからではないかと思いました。ユーちゃんを苦しめているのはわたし自身なのだと感じました。
ユーちゃんも不安でたまらないのでしょう。なんとか苦しみからのがれたくて、自分の顔を左手で打ちつけていました。左のほおは紫色にはれてしまって、目が見えなくなってしまうのじゃないかと思うほどでした。そして、そのユーちゃんの苦しみは三日も続いたのです。「もう学校中の壁にウンチを塗ってもいいから、どんなにウンチをさわっていてもいいから、どうかお願いだからウンチさん、出てください」と、いったい何度願ったことでしょうか。
少しでも気を抜くとウンチが出てしまう、とユーちゃんは思ったのでしょうか? 夜も眠ることができずにいるユーちゃんのそばにいることが自分でもつらくてつらくてしょうがなくて、ただユーちゃんを抱きしめていた四日目、「おお~お」という不安げな哀しい叫びとともに、ウンチは出てくれました。まるで爆発のように吹き出すたくさんのウンチを、こんなにいとおしく、うれしく思ったのは初めてでした。ウンチはお部屋いっぱいに流れ出すのではないかと思うくらい、いつまでもいつまでも流れていました。
いつも出ることが当たり前のように思っていたウンチ。汚い、臭いと思っていたウンチは、本当はこんなにありがたく、うれしいものだったのですね。ウンチをしたあと、疲れ切って、でも、とても優しい安心した笑顔で、わたしの腕の中で眠っているユーちゃんを見ていて、わたしは自分の中で、ウンチへの思いが少しずつ変わってきているように思いました。ウンチはやっぱり臭いけど、洗えばとれる。出てくれることがすごくうれしいのだ、と思えるようになったのです。
けれど、こんなふうに言えるのは、学校にユーちゃんと二人でいつでも入れるシャワーと湯船があるからだと思います。そして、ユーちゃんと二人、ゆっくりと過ごすことをゆるしてくれる同僚や子供たちの温かい気持ちとゆとりがあった上でのことだと思います。もしたくさんの子供たちと自分が同時に向かい合わなければならない状態であったなら、お風呂なんかにのんきに入っているゆとりなどなかったなら、そんなことは思いもよらないことだったかもしれません。
ユーちゃんがウンチを壁にぬったり髪につけたりする理由は、今もわからないままですが、わたしはそのウンチのことがあって以来、ウンチを塗ることも髪につけることも、ユーちゃんが生きるという上でとても意味のあることなのだと思うようになりました。気持ちをおちつけるためであったり、自分を確かめるためであったり、きっととても大切なことなのだと思いました。けっして自分の気持ちだけで、「これはいけないことだ」と決めつけることはやめよう、と思ったのでした。


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