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2004年7月27日 (火)

できるということ (1)

何かが 「できる」 とはどういうことだろうか?
たとえば 「野球ができる」、「水泳ができる」、「ダンスができる」、「歌が歌える」、「絵が描ける」、「小説や詩が書ける」、「演技ができる」、「当意即妙の会話ができる」、「スプーン曲げができる」…etc.

人はそれを 「才能」 だという。
つまり、「生まれつき運動や、芸術や、ユーモアや、超能力の才能のある人はそういうことができ、そうでない人はできない」 というのだ。

わたしもずっとそう思っていた。
だが37才の時に、ある衝撃的な経験をして以来、どうも、そうではないのではないか? と思うようになった。

その時わたしは、夫と妹といっしょにインド、ネパールを旅していた。
この旅は 「自分探しの旅」 として半年前から計画したもので、(1)まず東京から奈良まで、東海自然歩道を1ケ月かけて野宿しながら歩いて行き、(2)次の1ケ月間、奈良の瞑想所にこもって自分の幼時から現在までの人間関係について瞑想し、(3)つづいて1年間くらい、インド、ネパールを放浪する、というものだった。

ふつうわたしたちは、毎日仕事に行くとか学校に行くとかいう規則的な生活をしていると、何か心配ごとや気がかりなことがあったとしても、そのことは心の片隅に押しやっておいて、日常的な責務をこなしていかなければならない。

ところが日程も何もない気ままな放浪旅行の中では、1つのことが気になりだすと、そのことだけに全エネルギーを集中してしまう。

この時、夫、妹、わたしの3人は、東海自然歩道の旅と1ケ月の瞑想で、いやおうなく自分の気持とお互いの人間関係に集中しやすくなっていた。

わたしは子供のころから対人恐怖症に悩み、なんとかしてそこから抜け出したいと思っていた。そして、わたしの目に映る妹は、わたしの10倍くらいひどい対人恐怖症で、生きることが本当につらそうだった。

わたしはそういう妹が心配でたまらず、「もっとこうすればいいのに」、「ああすればいいのに」 と、やることなすこと口を出していた。(実は、このとき妹は、生きることがあまりにもつらいので、インドで永遠に行方をくらませてしまうつもりで旅に出たのだそうだが、わたしはそんなこととは知らなかった。)

そうすると妹は、ますますかたつむりのように自分の殻にとじこもり、夫は夫でわたしが妹にかかりっきりになっていることに嫉妬し、わたしの関心を彼の方に向けさせようとしたり、妹を殻から出て来させようとして、次々に奇妙なトリックを考え出した。

そういう三者三様の思いの集中によるエネルギーが極限状態まで高まったところへ、インド、ネパールの風土特有の聖と狂気がまざりあったようなエネルギーも加わって、そのエネルギーが爆発し、思いの壁が吹っ飛んだのだ。

「思いの壁が吹っ飛ぶ」 とはどういうことかと言うと――
ふつうわたしたちは 「自分はこれこれの性格、容貌、趣味嗜好、能力の者」、「世の中とはこれこれのもの」 という基本的な自己像、世界像をもっている。

たとえば、幼時に親や周囲の人から拒絶されたり、度々わけもわからず怒られたりした子供は、「世の中とは怖いもの」 という印象を持ち、おびえた態度で人に接するようになる。

そうすると、人々はその子を 「内気で憶病な子」 とみなし、本人も自分をそのような性格と思うようになって、その後もそういう世界像や自己像に合うような経験を引き寄せるようになり、その世界像や自己像はますます強固なものとなる。

同様に見ていけば、容貌や、趣味嗜好や、能力も、性格と同じく、そのような過去に持った様々な印象がその後の経験をとおして強められ、固定化したものであることがわかる。つまり、ふだんわたしたちが 「自分」 だとか 「世界」 だとか思っているものは、実はそのような 「過去に持った強力な思いこみの総体」 であり、「思いの壁」 にすぎないのだ。

その「思いの壁」 が吹っ飛び、自己像と世界像が消えてしまった。
そしてわたしは、自分とはどういう者か、世界とはどういうものかを全く知らない、生まれたばかりの赤ん坊のように、未知の世界に投げだされていた。

すると突然、世界が美しさと不思議さに満ちたものになった。

それまでのわたしにとって、「美しさ」 とは、対象に付随した、外形的なものだった。その対象の色や形や質感や均衡などを、自分の美意識に照らしあわせ て「美しい」 とか 「美しくない」 とか言って、それでおしまい――それは単なる対象の品定めであり、自分の存在の核心とは何の関係もないものだった。

だがその朝、ネパールの山の上で初めて知った美しさは、そういう切り離された対象などではなかった。
それは山と、空と、谷間と、朝の空気の中に、わたしの目の中に、わたしの胸の息の中に、わたしの全身の細胞のふるえの中に、あたり一面に、天地いっぱいに満ち満ちている振動であり、愛であり、わたしはその一部だった。

わたしは圧倒されて立ちつくした。すると体のどこか深いところから、魂のふるさとに帰ったような懐かしい感じのするメロディーがわきあがってきた。涙があとからあとからあふれだし、わたしは泣きながらその知らない歌を歌っていた。

そして、その山の宿で出された朝食にも目を奪われた。
それは何の変哲もない素朴な塩味のホット・ケーキ (チベットの伝統食) と、水牛の乳を入れたミルク・ティーだったのだが、このホット・ケーキが内側からの光で黄金色に輝いて、まさに聖なる宝物のように見えた。

そして、その、おいしかったこと! 
まず、右手で小さく一口分をちぎって口に入れる。舌と歯と口蓋とがなめらかに動き、その固まりにぴたりと吸いついては離れ、こねまわし、じっくりとかみしめ、そのもののあらゆる微妙な味わい、舌ざわり、歯ざわりを、心ゆくまで味わいつくす。そしてそのおいしさは、胃の中にしみこみ、体じゅうに広がっていく。
「食べる」 ということが、こんなにも喜悦に満ちたものだったとは!

それまでのわたしは、食事をする時はいつも、空腹を満たすこと、栄養をとること、食事作法、食べながら話している話の内容、などに気をとられていて、こんなに無心になって 「それそのものの味」 というものを味わったことはなかった。それまで 「おいしい」 とか 「おいしくない」 とか言っていたのは、単に自分の既製概念による料理の品定めでしかなかった。

ふつう、「Aはすばらしい」 と言うとき、わたしたちは無意識のうちに 「A」 を 「B、C、D…」 と比較し、「A」 が 「B、C、D…」 と違う点だけに意識をおいている。そのとき働いているのは、「区別」 や 「判断」 という、心のごく浅いところにある意識である。

だがわたしたちは、そういう区別や判断の働きを一時停止して、「A」 という存在に溶けこみ、「A」 と同じ1つの振動でふるえることもできるのだ。
そのことを、このとき初めて知った。

食べ終わって食器を台所へ運びながら、ふと壁の鏡を見ると、わたしの顔は、瞳孔が大きく開き、不思議さと喜びに輝く2、3才の幼児のような、無邪気そのものの表情をしていた。

本物の幼児であれば、自分の顔を見て 「無邪気な表情をしている」 などと思うことはないだろうが、この時のわたしの中には 「自己像も世界像も持たない新生のわたし」 と 「幼時から現在までの全ての記憶を持っている大人のわたし」 とが共存していた。

そして、行動したり驚いたり喜んだりしているのは 「新生のわたし」 であり、そのわたしを興味津々で見ているのは 「大人のわたし」 だった。

―― できるということ(2) に続く ――


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