2005年6月29日 (水)

心とは何か? … 唯識論(1)

自己とは何か? 世界とは何か?
  ―― プロローグ ――

ラム・ダス著「ビー・ヒア・ナウ」という本に、こんな一節がある。(26年前に読んだ記憶なので、細かいところは違っているかもしれないが)

1960年代の初め、ハーバード大学教授であり精神分析医でもあったリチャード・アルパートは、社会的にも経済的にもアメリカ人の成功者の頂点を極めていた。けれども何か根本的な満足感が得られず、他の精神分析医の個人分析を受けながら、「自分とはどういう者か」という問題に意識を集中していた。

また、当時ハーバードではLSDなどのドラッグがもたらす変性意識の研究・実験が盛んに行われ、彼はその研究者でもあった。

ある日、彼は強力なLSDをとった。すると目の前に一つの幻影が現れた。それは《ハーバード大学教授》という姿の自分だった。そして「なるほど、これが俺か…」と思った途端、その幻影は消え、《精神分析医である自分》という幻影が現れた。「ああ、これも俺だ…」と思うと、またその幻影も消えた。
それから次々に《富裕な中年男性》、《アメリカ人》、《よき愛人》、《優秀な人間》、《思いやりのある人間》…等々、それまで彼が「自分は○○だ」と思っていたその自己イメージが、一つ一つ現れては消えていった。
「そうか! 俺が今まで自分だと思っていたものは、皆、ただの幻影に過ぎなかったのだ。幻影なんか無くてもかまわない。俺はただのリチャード・アルパートだ」――そう思った途端、その名前の幻影が現れ、消えた。
「そうか! 名前もやっぱり幻影の一つだ。本当の俺は、この体以外の何者でもなかったのだ」――そう思って自分の体を見ると、なんと、その体が足元から次第に消えていき、完全に無くなってしまった!
「俺が無くなった!」 彼はパニックになった。すると虚空の中に声が聞こえた。「無くなったと気づいている、その気づきの主は誰だ」 ・・・・・・

わたしたちは普通、「自分とは、この肉体である」と思っている。けれども古今東西の宗教的覚醒者たちは、そうではないのだということを明言したり、暗示したりしている。その中で、浄土宗 光明会の笹本戒浄上人(1874-1937)の説明は、とてもわかりやすく、かつ思考力を刺激される。

上人は、深い悟りを得た宗教者であるとともに、たいへん聡明な知識人でもあった。その著書「真実の自己」は、自身の悟りの体験を元にして、唯識論や自然科学の知識もまじえながら、「自己とは何か、心とは何か」ということを、宗教的体験がない者にもわかるように、やさしく理詰めに説きあかしたものである。

この本は1936年、1983年、2000年と、3度にわたって刊行されているが、残念なことに今は絶版になっているらしい。それで、ここにその要約をしてご紹介してみたいという気になった。

とは言え、わたしは唯識や自然科学については全く無知なので、上人の説明をまちがって解釈しているかもしれない。おかしいところにお気づきの方は、指摘してただけるとありがたい。

(・・・心とは何か(2) に続く )


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