2004年6月27日 (日)

禁煙(1) 読むだけでやめられる…

タバコをやめた。
と言っても、24日にやめたばかりだから、まだ3日半しかたっていない。実は、今年の2月8日にも禁煙して、1ヶ月で挫折している。
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でも、今度はだいじょうぶという気がする。前回は、まだやめたくないという気持ちが心のどこかに残っていたが、今回はそれがないからだ。アレン・カー著 読むだけで絶対やめられる 禁煙セラピー という新書本のおかげ、そしてその前に読んだ岩城保氏の 喫煙者を救え というエッセイのおかげである。

それを読むまでは、タバコは害もあるけれど、益もあると思っていた。

わたしは1日の大部分を、文章を読むか書くかして過ごすことが多い。そして、ことばに集中していると神経が疲れ、イライラしたり眠くなったりすることがしょっちゅうある。タバコを吸うと、そのイライラがスッとおさまり、眠気もさめて、徹夜の原稿書きも楽にできる。

つまり、タバコはわたしにとって、手軽な「仕事促進剤」なのだった。

そのタバコを吸えないとなると、ガムやスナック菓子で気をまぎらわそうとし、氷やウィスキーを口に含んで気つけ薬にする。でもそんなもの、いくらあっても足りはしない。タバコ1本吸う時間で、スナック1袋が空になってしまう。食べつづけ、飲みつづけると、お腹がくちくなり、酔いがまわって眠くなる。読書も原稿書きも、一向にはかどらない。ああ、タバコ1本吸えさえすれば…ああ、タバコ吸いたい…と苦しくてたまらなかった。.

ところが、ところが。
「読むだけで絶対~」と「喫煙者を救え」を読んで、この考えの根本がまちがっていたことに気がついた。イライラや眠気は、ことばに集中したための「神経疲労」ではなかった。血中のニコチンが切れてきたための「禁断症状」だったのだ!

上記エッセイの中で、岩城氏はこう書いている。

体内のニコチンが減ったときに「渇望」となる、これが「中毒」ということである。喫煙者はニコチン中毒であり、中毒だから渇望を感じ、渇望するから喫煙し、喫煙するから中毒状態が継続する。非喫煙者の中には、この「中毒」という実態を理解せず、喫煙者が自ら好んで喫煙を継続しているのだと誤解している人もいるようであるが、それは重大な誤りである。喫煙者は、中毒→渇望→喫煙→中毒という無限連鎖の奴隷になっているのである。

わたしは今まで、自分を「ニコチン中毒者」と呼ぶのは、軽い冗談のつもりだった。とんだ認識不足だった。ニコチン中毒者は、ヘロインやコカインの中毒者と同じく、正真正銘の薬物中毒者だったのだ!

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